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原爆が落ちた日

2007/08/07(Tue) Category : 戦争
被爆の図


『「夢千代日記」早坂暁さん、原爆絵日記を出版へ』という記事を読んだ。

「絵でも見たくない」-被爆者の方は、そういう思いを持っておられるのだ。
『ためらいもあったが、「虫けらのように殺された同級生らが『僕らのことを描いて』と言う夢を見た。目に見えない力が後押ししてくれる」と絵筆を握る』

勉誠出版というところから、来年夏に出版されるらしい。


早坂さんが、原爆にこだわる理由が毎日新聞2007年7月30日大阪夕刊に出ていた。


早坂さんの母は家の前に捨てられていた女の子を三つ違いの妹春子として育てた。
早坂さんが5歳の時のことだ。

終戦の年の夏、女学校1年になっていた春子さんに母親は事実を告げ、そして言い添えた。
「だから、お兄ちゃんを本当に好きになってもいいんだよ」

春子さんは、海軍兵学校生となって山口県に学徒動員されていた早坂さんの元へ向かった。
そして、広島で宿泊した翌日、原爆が落ちた。


永遠に失われてしまった思い
それが、早坂さんを突き動かしていたのだ。


4000度(*)などはるかに凌駕するほど熱く、かつ持続する思い。
我々も、語り継いでいかなければと思う。

今日、ブログに「戦争」カテゴリーを作った。





*原爆投下の歴史的時間(CG)

★追記★
あの日を、ぼくは忘れない (ヒロシマ原爆の絵日記)あの日を、ぼくは忘れない (ヒロシマ原爆の絵日記)
(2008/08/05)
名柄 暁



あの日を、わたしは忘れない (ヒロシマ原爆の絵日記)あの日を、わたしは忘れない (ヒロシマ原爆の絵日記)
(2008/08/05)
河野きよみ




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