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犯罪・事件の取り組みに問われるもの

2007/08/25(Sat) Category : 少年犯罪・家族事件簿
★犯罪の裁き方 3ステップ------------------------------------------

事件が起きると原因探しをする。そこには2つの目的がある。
1、再発防止 (真実を明らかにする)
2、社会不安の沈静化(問題や事件を訳がわからないままに放置しておくことは社会不安を増大させるから)

そのために、次のようなステップを取る。

1)直接的因果関係を探る
まず、事件が起こると事件当事者間(加害者と被害者)にどういうトラブルがあったのか、という直接的因果関係を求める。トラブルがあるから事件が起こるという因果律だ。そして、そこで何らかの納得性のある事実関係をつかむとそこで終了。

2)内的要因(心因)を探る
しかし、そこに納得性のある事実が見あたらなければ、次に加害者の内的要因(心因)に迫っていく。ここで時に不毛の議論が起こる場合がある。検察側は事実を基に納得性のあるストーリーを創り上げようとし、弁護側は心神耗弱などで事実そのものに対する責任能力を否定して、結局は両方ともに真実から遠ざかっていくことになる。

3)精神鑑定で決めつける
そして、あまりにも猟奇的な場合に、いわゆる精神鑑定なるものが採用される。
訳がわからなければ、結局「加害者個人の精神状態がおかしい」ということにしてしまってけりをつけるのだ。「加害者が異常」と個人のせいにしてしまえば、社会はそこで責任を切り離して事件を終了させることができる。


訳のわからない病状に名前(レッテル)がついて(=病名が特定されて)、安心を得るのと同じである。
ウイルス性の病気などは病名がわかる=原因がわかる=対策がわかる、につながるが、病名がわかったところで解決につながらないものが実は圧倒的に多い。

結局訳がわからないから、個人になんらかのレッテル貼りをして(烙印を押して)、おしまいにしているだけの話だ。名前がつくと、何かが明確になったようで安心するのである。

つまり、精神鑑定とは、社会が訳のわからない不安を何とか取り除くための最終手段になっていると同時に、本当の解決から遠ざけ、悪しき状態を維持させるイネイブラーとなっている側面がある。






★単純な三段論法で終わらせる理由-----------------------------------

直接的因果関係→内的要因(心因)→精神鑑定…
当事者間、そして当事者の内面に原因がわからなければ、精神鑑定で「異常」と決めつけて終わり。なぜ、このような単純な三段論法で終わらせてしまうのか。

それは、次のことが背景にあると思う。
1,集団や関係性を丸ごと問題の対象としてとらえる座標軸が、社会に定着していない
2,だから、親を含む個人の環境にまで問題の対象を広げると収拾がつかなくなると思っている
3,また、親を含む個人の環境にまで問題の対象を広げると責任の範囲が広がって、自分たちが変化を迫られる

「子は親の鏡」
「若者は社会の鏡」
「犯罪は社会がおかしいことを示すサイン」

なのだが、これを単なることわざではなく“実態”としてとらえると、大人は無責任に生きられなくなる。それは、窮屈だ。…結局、大人自らがラクをしたいために、自分の弱さと向き合いたくないために、適当なところで打ち切っているのではないだろうか。

つまり、現代の事件の解明姿勢は社会不安の沈静化までにとどまっており、社会自体のあり方を変えて再発を防止するところにまで踏み込んでいない。






★自分と向き合わないための免罪符-----------------------------------

そして、免罪符となる言葉を用意する。

「自己責任」
「いじめられる(騙される)方も悪い」
「いつまでも親のせいにするのはおかしい」
「もういい大人なんだから」
「もう子どもではない」

こういうことを言う大人(イネイブラー)達が、変えなくてはいけない社会を延命させている。
そういう大人達が自分を虚心に振り返ってみるとよい。
自分一人でここまで来たのではないことがわかるはずだ。
多くの人に支えられていることがわかるはずだ。
そして何より、我が子に支えられていることがわかるはずだ。


「もはや戦後ではない」と言いつつ、戦争後遺症が深まっている日本
自分の弱い部分に目をつぶって、きちんと振り返ることをしないから病膏肓に入っていく。





しかし…と、思うことがある。
今の社会、何らかの心の病を抱えている人の方が大半を占めるようになったと私の目には映る。

そういう人たちは、本質を見始める。
適当なところでお茶を濁されても納得しなくなる。

「形」や「物」ではなく「心」に注意を向ける時代が来ると思う。
来し方を振り返ることがなされるのではないか。
すると、事件の取り組みについても、そこに至るまでの経緯を振り返るようになるかもしれない。

社会が変わり始めるかも知れない。




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