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岡野嘉宏先生が教えてくれたもの

2007/09/24(Mon) Category : 人物
1時50分頃、アルカディア市ヶ谷の富士の間に置かれた遺影の前に私は立っていた。
いつものやさしげなお顔で笑っていらっしゃる…。

岡野嘉宏先生


…私が40歳の時に初めて受けた「マネジメントのためのTA基礎コース」
その講義の中で、先生は自分の人生脚本を話された。

「お兄さんのように」が、両親の口癖。
学校という新しい世界でも校長に比較されて絶望。
“すっぽん”とあだなされた悪童として反逆児の人生を歩き始める。

兄が第1期フルブライトで優等生として生きるのに対抗するかのように
大学時代には全学連で病院送りにもなり、
会社時代には労組で活躍し、
そして“ほとぼりをさますため”米国留学している間にジャッキー・リー・シフと出逢う。

「兄ちゃん、ありがとう」
33歳のときセラピーで兄と和解した時、先生はやり続けてきたゲームを降りた。

そして35歳で退社、人生をやり直す。
学びの4年間を経て、40歳の時に社会産業教育研究所を設立。
以来30年間、突っ走り続けた。

「死ぬまで現役!」
-その言葉通り、沖縄でのワークショップの初日、先生は脳幹出血で倒れられた。

即死していておかしくない出血量…奥様は、そう医師に言われたという。
しかし、日本各地からエールが送られてくる中、
そして、沖縄の方々にご家族を含めて大変お世話になる中で、
岡野先生は1ヶ月半も頑張り、
9月2日、ICUの病室で静かに息を引き取られたという。





『沖縄の素晴らしさを知らせるために私たち家族を呼び寄せてくれたのではないかと思う日々です』
-奥様はそう「お礼のことば」に書かれている。

「いずれは住みたい」と言われていたそうだ。
自分でも思いも寄らなかったであろう、よもやの事態。
しかし、先生は最後の力を振り絞った。

『沖縄の人と自然に和むことを教えてくれました』
『一つの家族であることのありがたさを教えてくれました』
-反逆児岡野先生が到達したところ…それは、奥様が書かれているとおり

『人と自然に和むこと』 と 『家族であることのありがたさ』

先生は、最後の力を振り絞って、波乱の人生を支えてくれたご家族に感謝の意を捧げられたのだなぁと感じた。



最後に、奥様が書かれている次の言葉を、人に遠慮し、我慢強い日本人の皆様にもお伝えしたい。

『ストロークを素直に頂く快さも教えてもらいました』


岡野先生が教えてくれたのは、
家族を、そして家族を支える人々と自然を大切にし、自分の気持ちを大事にして生きよ
ということではないだろうか。

ありがとうございました。

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