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「たけしの日本教育白書2007」~(4)社会的責任とはなにか

2007/10/31(Wed) Category : 学校・教育・いじめ
救われました。
あぁ、こういう大人もいるんだ、と。


■森永ヒ素ミルク事件と恒久救済--------------------------------

ウィキペディア及びひかり協会によれば、概要は次の通り。
1955年、「森永ドライミルク」(缶入り粉ミルク)を溶けやすくするために有毒の砒素化合物を添加。130名が死亡し、12344人の中毒者が発生。

現在も尚、動かない身体、脳性麻痺、知的発達障害、てんかん、脳波異常、精神疾患等の重複障害に苦しみ、就職差別や結婚差別、あるいは施設への隔離などの差別に苦しまれている。親もまた、ミルクを飲ませた自責の念に苦しまれいる。

「五人委員会」の報告で事件は矛を収められてしまったが、68年に丸山博教授の調査で後遺症が発見されて69年に「守る会」発足。裁判はなんと一審無罪!73年にようやく有罪となり、74年に恒久救済のための「ひかり協会」が作られた。

ひかり協会は被害者の原状回復を基本とし、社会的自立と発達をはかるために健康管理、医療、介護、生活保障、教育、就労などの救済事業を実施している。


テレビに登場された森永乳業特別顧問の菊地孝生さん(74)。「ヒ素ミルク事件」の年に入社し、同社で事件を知る唯一の人となった。
『疑問も抱かずに粉ミルクの宣伝をしていた自分が恥ずかしい』という菊池さんは、新入社員に教訓を語り継いでいる。被害者との月1回の懇談を続け、それが財産と言える会社であれば、今後二度と同じ過ちは犯さないだろう。
http://osaka.yomiuri.co.jp/izumi/iz70513a.htm


日本という国は戦争の教訓を語り継いでいない。
しかし、ここに教訓を語り継ぐ語り部がいる。



■御巣鷹山慰霊登山---------------------------------------------

元日航社員による御巣鷹山慰霊登山。
日航社員に定年はあっても、被害者に定年はない。下の記事に出ている加藤巌さんだったかな、「一人くらいこういう人間がいても」と、慰霊登山を続けている。ご遺族の方との交流も深かった。
http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_06090517.cfm

ご遺族のために階段を造り、墓標を新しいものに書き換え…。犠牲者全ての名前を覚えていて、手書きで丁寧に書いておられた。
「自分にとっては自然なこと」-たんたんと、誠意を持って日々を生きておられた。

あぁ、この人の姿を見ることができてよかった-そう思った。
何かの時に、この人の淡々とした姿が勇気を与えてくれるだろう。


会社や世間のルールや評価ではなく、自分の思いと意志で淡々と生きる2人の男。そういう人間を目指したい。


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企業の社会的責任

あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。 今年はブログ内容の質を向上していこうと思います。 というわけで、最近のこの寒さを少しでも暖かく・・・は無理かもですが^^ 2008年初の記事は前々から書きたかった。心温まるサイトを紹介して行... ...

 
 
 

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教訓を語り継いでいないということは、体験や教訓を語ることを社会や家族が許さなかったということでは。

体験者が教訓を語れるようになるには、生の体験談を聞いて貰って、重荷降ろしをするところから始めないといけない訳で、これを下の世代から拒絶されると、同世代間で語り合って済ますしかなくなって、下の世代に体験や教訓を伝えられなくなってしまう。こういうことは、ある程度は起こることで、江戸初期も戦国乱世の体験者の話を若い者が聞かないとかの歎き話はあります。ただ、江戸初期とかは、聞かない方がけしからぬ訳で、ある程度は、下の世代に体験や教訓が伝えられ、下の世代には、そうした体験や教訓に強い興味を持つ者もある程度いる訳です。
それらに比べて、戦後の日本は異常で、負けた戦争だから話づらい聞きづらいというだけでは説明がつかないように思います。
自分の親が生死の境目をどうくぐり抜けてどういう思いをして生き延びたかに感心を持たないように教育された子供世代の存在を考えないと説明がつかないのではないかと思います。
そういう教育を受けた子供世代が大人になって、責任ある地位につくようになると、まあどうなるか。

 
    
 
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