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元グラドル木村衣里DV殺人事件(2)-ハラッサーから離れられない理由

元グラドル木村衣里さん(31)が、無職藤家英樹さん(53)を刺殺した事件の考察。
「元グラドル木村衣里DV殺人事件(1)-犯罪臨界は10年」の続き。

さて、
藤家英樹さんをハラッサー(ハラスメントをする人)
木村衣里さんをハラッシー(ハラスメントをされる人)
としよう。

ハラッサーとハラッシーの出逢いには幾つかのパターンがあるが、この2名の場合は親子ほども離れた年齢差、そして写真を見たが白髪の親父と娘と言っていいくらいの不自然さに一つの特徴がある。以下は、その印象からの推測だ。この記事は事件の真相に迫ろうというものではなく、こういうパターンもあるという一つの事例を提示するためのきっかけとして捉えていただきたい。




【存在不安】
仮にK(木村)さんが、自分の存在不安を抱えていたとしよう。その要因はごまんとある。例えば、
親が一杯一杯でしっかりしなければいけなかった、
親がいつも家にいなかった、
親に理想(レール)を押しつけられた、
親に手足のように使われた、
親が病弱だった、
親から「橋の下から拾ってきた」と言われた、
誰それの生まれ変わりと言われた、
養女に出されそうになった、
小さい頃に大病で死にかけた…等々
(2/4追記:祖父母に育てられたとテレビ報道されていた)。

状況は様々あれど、本質は一つ。
自分の気持ちを聴いてもらったことがない、抱きしめてもらったことがない、つまり、自分の存在を受け止めてもらったことがない(受け止められ体験がない)ということだ。



【怒り】
存在不安を持つ人は、同時に、自分をそういう状況に放置した親に無意識の怒りを持つ。ただし、親に愛されたいという思いが強いために、この怒りはほとんど自覚されることなく自分の中に溜め込まれている。



【生きる姿勢】
さて、親に愛されたい子どもは、親の意向に沿うことによって親から認められようとする。つまり、自らが親の道具となることで親の愛を勝ち得ようとする。ここに、自分が自分の気持ちを大事にして生きるのではなく、自分より親の気持ちを優先し、親の支え、親の「器(操り人形)」となって生きる姿勢が身についてくる。



【居場所探し】
親元に自分の居場所はないので、やがて外に自分の居場所を探すようになる(←親から愛してもらえる可能性を捨てられず、親元から離れないパターンももちろんある)。そのフワフワと心許ない人間にとって魅力的なのが、何か「堅い」ものを持った人間だ。
そこに往々にして登場するのが、ハラッサーである。ハラッサーは、もろい中身を隠すために堅い鎧を着けているから一見頼れそうに見えるのである。本ケースでは父性的愛情にも飢えていたと思われる。



【ハラッサー】
ハラッサーとは、「人を道具にする人」のことである。
(もっとも、ハラッサーが人を道具に出来るのは、まず自分自身を道具にしているからだが…)

道具とは、自分を守ったり支えたりするもの。では、なぜ人を道具にしてまで自分を守ったり支えたりしなければならないのか。それは、感情を抑圧して生きているため、自分の背骨が育っていないからだ。

支配的な親の下で服従して生きる場合、自分の気持ちが育たない。気持ちとは自分自身であるから、気持ちが育たないとは自分が育たないこと。これを私は「自分の背骨が育たない」と言っている。

背骨がなければ立つこと(自律)は出来ない。また、身体はコア(芯)がなくフニャフニャしたままだから、背骨(内骨格)の代わりに甲羅(外骨格)で覆って守らざるを得ない。その甲羅に当たるものが、世間体や常識、規律やルール、学歴、資格、金、地位、名誉、権力、家、土地、信仰…等々だ。そして人も…自分を支える杖であり、自分を守る甲羅の一部なのだ。

「人を道具にする」ハラッサーは、「道具になれる」ハラッシーを見分ける嗅覚は鋭い。逆にハラッシーとは、「自分が道具になれるように相手を道具にする」人であるから、自分を道具扱いしてくれる人を見分ける嗅覚が鋭い。こうして、KさんとFさんは見事にカップリングした(としよう)。



【闘争】
一緒になって1ヶ月程度で大体DV(ドメスティックバイオレンス)は始まる。体中痣だらけにもなる。
ところが、こちらも無意識に溜め込んでいた怒りをぶつける相手としてはある意味適任であったりもする。
これは人によりけりだが、自分に内在する怒りを無意識が知っていて、優しい男性からの求婚は断り、わざわざハラッサーと結婚した女性もいた(←もちろん、意識上ではそう思っていない)。当然破綻することになるが。



【存在不安からの逃走】
しかし、理不尽な目に遭っても「自分が悪い」「自分が選んだのだから耐えなければいけない」「仲直りする義務がある」「自分に責任がある」と思ったりする。なぜか?

大きな理由の一つは、自分がたった一人放置される恐怖の方が怖いというのがある。そもそも自分の存在不安から逃れるために一緒になっている。ここで見放されて、自分の存在不安と向き合うことになるよりは、相手に暴力をふるわれても一緒にいることを選ぶのだ。つまり、人間はそれほどに自分の存在不安には耐えられない動物なのだ。

もう一つは、人生脚本の問題があるが、衣里さんの親子関係が分からないのでここでは置く。

 

【勘違い】
さて、一人になれない弱みにつけ込んで暴力は増長し、こっぴどい目に遭って別居したりする。すると、離れてホッとした後に、不安や寂しさが湧いてくる。
すべての感情は安心してリラックスしているときに出てくるもので、この強烈な不安や寂しさも、小さい頃に感じたそれが「今」出てきているのだが、それを現在の状況や相手との関係の中で感じてしまうので、「こういう気持ちがでているということは、本当は私は相手と別れたくないんだ」と自分が勘違いしてしまう。こうして、再びハラッサーの元へ舞い戻ることになる。

(不安や寂しさなどの感情が出たこの時が脚本に気づく入り口なのだが、脚本に気づかせたくない自分と不安から逃げたい自分が脚本のレールに自分を押し戻す)



【自分をごまかす】
ハラッサーは時にライオンなどにたとえられる(ライオンよごめんね)。怒りに火がつくと自分を抑えられず、腕を振って気づいたらそこに死体が転がっている。現代日本では、2日に一人配偶者が殺されているが、その多くはこのような“アクシデント”ではないだろうか。

しかし、相手がライオンであっても、「一人よりはまし」という潜在意識が自分をごまかす。ライオンと同じ檻にいる恐怖よりも、一人になる孤独の恐怖の方が上なので、やられた恐怖を薄れさせていく。(不都合な記憶の消去、記憶の改ざん、書き換えはIPの得意分野です)



【自分と向き合え】
言わば、自分自身が自分を洗脳している(自己洗脳)と言ってもよいだろう。
自分が自分から逃げ続けようとする限り、罠にはまり続けることになる。その将来は、この事件が示すとおりだ。自分が向かわなければいけないのはハラッサーではなく、自分の心の中である。そこに潜む存在不安と向き合わない限り、自分の心に振り回され続けることになる。






【ハラッサーから離れる処方箋=2週間離れてみよう】
離れて3日ほどは不安衝動が出て、ハラッサーの元へ帰りたくなる。
しかし、5日過ぎるとだんだん冷静になってきて、恐怖の事実が蘇ってくる。
2週間たつ頃には、なぜ自分はあんなやつと一緒にいたがったんだろうと思うようになる。

いわば「禁煙」と同じ。
私は、「3日、2週間、3ヶ月、3年」と言っている。
3日禁断症状と闘い、2週間我慢すれば第一関門突破。
次に3ヶ月超えれば第二関門突破。
3年経過すれば、もう大丈夫。

心とはとても不思議なもの。安心できる環境にないと、本当の心は出てこない。
また、自分が自分の心に向き合う決意をしなければ出てこない。

だから、ハラッサーから離れる時は、物理的な距離がとり、安心できる空間を確保すること。
そして、落ち着いた後、自分の棚卸しをするチャンスが来る。



【危機はチャンス】
「危機」は「危」と「機」=「ピンチ」と「チャンス」
最大のピンチは、あなたに生き方の大きな見直しを迫っている。
そこを乗り越えたとき、あなたの人生は真にあなたのものになる。





【ご参考】
「DVサイクル」に巻き込まれる基本構造

「嫌われ松子の一生」―存在不安と闘い続けた生涯

さぁ、自分に向かって一歩踏み出そう!

依存を断つときは、3日―2週間―3ヶ月―3年:禁煙、断酒編
依存を断つときは、3日―2週間―3ヶ月―3年:DVサイクル、モラ親からの離脱編




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木村衣里さんの事件について

今朝、木村衣里さんの事件をみて涙がでた。 また犠牲者が出たな・・・と。 私は被害者より加害者の木村衣里さんの味方・・ もし、裁判でDV被害者がどれほど精神的に傷つくのか、 なぜ殺人になってしまったのか・・・話せるものなら話したいくらい。 前回の、三橋?... ...

 
 
 

Comment

 

はじめまして

こんにちは私はDVから20年です
まだ生きています。

 

確実に道を切り拓かれていますね

壊れた母親、その母親に忠誠を見せるため子に暴力をふるう父親-そういう家庭もよく見られます。

支配と服従を見せつけられているので、自分が支配できる立場にいないと安心できなくなることもあります。

戦時中、命さえあれば後はどうでもいいと思ったのと同じく、ひどい暴力にあわされる環境の中では、暴力さえなければ後はどうでもいい、というところで思いが終わってしまうこともあります。

しかし、そのように逃げ込んだ先は、そのように逃げ込んでくる人を相手にする人間だったりするのです。

離婚を決意されたと言うことは、こうして、「生理>安全>所属」と自分の欲求を満たしていき、ようやく「自己認知」欲求へと辿り着いたと言えるのかもしれません。

次に、安心できる環境に身を置くことができれば、感情が出てくるでしょう。そこで自分と向き合う棚卸しがすんだとき、自分のなすべき事が見えてくると思います。

それが、欲求の最終段階-「自己実現」の道です。

 

気持ち探し

彷徨人さん、怒りの他に様々な感情、特に哀しみ、そして親への思慕の情が出てきます。それらが混然としているので、なかなか出てこないのです。

また、受け止める相手がいなければ出てきませんし、感情が大きくて一人で大変そうであれば、やはり出てきません。
苦しければ一度ご連絡ください。

 

気が付けば立ち上がれる

ブログhttp://blog.goo.ne.jp/mamatyan4/

私はまだ本当の気持ちに自分が気付いているのかあまり自信がありません。
マンガを見ていても家族愛を感じるとすぐに涙が出てしまい、まだ
何か心の奥にあるのかと思ってしまいます。

カウンセリングもたまに受けますが
カウンセラーの方は何をするものなのでしょうか?
私の場合いつも何もせず私が話し出すのを待っていて沈黙に耐えられず私が気を遣って話題をふる。

そして今までの話しなどするだけ。

話すことで解決するというかたちがカウンセリングということなのでしょうか?
なんか無駄に感じてしまい行く気がしなくなり足が遠のきます

でも、先生は違った

このサイトを見てとても納得でき、さらにそのとおりだと思えました。
ありがとうございます。

現在私はDVでシェルターから宿泊所に移動し調停の準備中です
やっと離婚の決心がついたからです

こちらのサイトで言っているように私は主人から離れられなかった私の言い方で言えば「バカ依存症」で自分より劣っている人間が側にいないと安心できなかったのです。

ただ、暴力さえ振るわなければその「バカ」でも私にとっては愛する「バカ」だったのです。
夫婦というのは、お互い支えあってが基本だと思います。

だから暴力が存在しなければうまくいく関係なのにな・・と悲しくなります

ただ、主人にとって大切なのはいつも自分で家族は二の次だということ

それを理解した時、「私は私が主人を愛するように主人には愛してもらえない」という事がわかりそれに耐えられず別れを決めたのだと思いました

 

ハラッシーの自覚

夫と別居して丸6年経過。当時いろいろなカウンセリングや相談機関に助けてもらっていました。が、そのなかで「夫から文句言われ続ける苦労か、一人になる寂しさか、どちらかですね。」と援助者に言われたとき「一人になる寂しさより文句言われ続けたほうがまし。」と思ったことを思い出しました。心身ともにボロボロで毎日寝床で死にたいなと無気力におもっていたにも関わらず。
それでも、まだ親に対する怒りが正当に湧き起こってきません。てごわいです。その怒りがぜんぜん違う人にむかってしまうのでその感情を探しています。

 
    
 
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